深夜の家系ラーメン屋にて

フィクション

(※画像はイメージ)

 

 終電の埼京線は満員だ。会社員や大学生らしき若者が乗車しているが、半分以上は酔っぱらっている。仕事終わりに一杯ひっかけてきたのだろう。大学生は夏休み明けのコンパだろうか。僕は仕事終わりに同僚と居酒屋で飲んだ帰りだ。車内は朝と違って騒がしいが、みんな行儀よく乗車している。ドア付近に立ち止まる人はいないし、荷物を床に置く人もいない。僕は上京して5年経つが、東京の電車マナーにいつも関心してしまう。都内の高校生は「電車の乗り方」を授業で習うのではと本気で思っている。

 最寄り駅に着いた。改札を出て家とは反対方向の出口から出る。行きつけのラーメン屋に行くためだ。体重が増えてきた自覚はあるが、シメのラーメンはやめられない。

 駅から5分ほど歩き店に着いた。この店は午前2時まで営業しており、1杯500円という安さもありよく通っている。ライスが無料なのもありがたい。家系ラーメンの海苔とホウレン草をご飯に乗せて食べるのは最強に美味しい。

 店内に入るとカウンターが3席、テーブルが2席埋まっていた。今日は金曜日ということもあってか、この時間でもまずまずの客入りだ。テーブル席では4人の若い男女がサワーを片手に餃子や唐揚げをつまんでいる。この店はいつ来ても何人か先客がいるので居心地がいい。満席だと待たなくてはならないし、客がゼロだと無駄に気を遣ってしまう。「満席にならない程度に先客がいる」というのが僕の好きなラーメン屋の条件である。

 券売機に千円札を入れ、ラーメンと生中のボタンを押した。これでお釣りが来るのだから安い。カウンターに座り食券を渡す。
「麺固め、他は普通で。半ライスください」と注文する。いつもはライスを頼むのだが、今日は同僚たちと飲み食いしてきたので自制する。それでも食べすぎだよな。ライスの誘惑には抗えない。

 ビールが先に到着し、スマホを見ながらちびちび飲んでいると2つ隣の席に若い女性が座った。こんな時間に女性の一人客なんて珍しい。見たところ普通の会社員だ。水商売ではなさそう。

 彼女は「麺固め、脂多め、味濃いめ。ライスも」と慣れた様子で注文した。この時間にラーメンライスを食べるのか。トッピングもかなりこってりだな。しばらくすると彼女のカウンターにビールが届いた。
「ビールまで飲むのかよ!」と僕は心の中でツッコんだ。僕もビールを頼んでいるし、人のことを言えた義理ではない。それでもなぜかツッコんでしまった。酔っているのかもしれない。

 今どき一人でラーメン屋に来る女性も珍しくないだろう。珍しいことではないのだが、彼女の風貌はどことなくこの店にそぐわないような気がした。ラーメン屋にいるだけでも目立つのに、さらにビールとライスまで注文するとは。僕と同じようにシメのラーメンを食べに来たのだろうか?だが彼女は全くのシラフに見えた。それともこの時間まで仕事をしていて、夕食としてラーメンを食べに来たのか?根拠はないがそれも違う気がする。もしかしてユーチューバーか?だがカメラを回してる様子はない。一体なんなのだ。

 場の雰囲気とは合っていないが、彼女の食べる仕草はごく自然に見えた。いつも通りの食事をいつも通りに食べているといった感じだ。僕は横目でチラチラと彼女を見ていたのだが、彼女は全く周りを気にしていない。そういえば大戸屋は路面店ではなく、地下や2階に出店するのだとか。理由は女性客が一人でも来店しやすいようにと。彼女を見ていてそんな雑学を思い出した。いかんいかん。誰が何を食べようと勝手じゃないか。僕は変態か。

 食べ終えて店を出た。その後何度か店に行ったが二度と彼女を見ることはなかった。彼女は常連だと思ったが違ったのか?それともあの日はたまたまあの時間に来たのか?

 何かが起きたわけではないが、なぜかこの日のことが忘れられない。

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